読書感想文の書き方やおすすめの本を紹介しています。


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読みやすい字で書く

読書感想文の評価を下す人は、文字通りその読書感想文を読む人です。

本来ならば、内容だけを加味できればよいのですが、なかなかそうもいきません。(この点ワープロ原稿提出の場合はかなり救われる面があります)

読む人も人間ですから、あまりたくさんのものを読んでいるのは飽きますし、またつまらないものをいくつも読みたくないというのが人情なのです。

内容の如何は学力やテクニックによるところが多いのでなかなか急に上達することは難しいのですが、ひとつだけなんとかなるものがあります。

それは字です。

日本人の場合、字のうまい下手というのは結構問題視されるのですが、字が上手だとかヘタだとかいう以前に、よみやすい文字かどうかを念頭に置きましょう。

これは決して読みやすい=字がうまいということではありません。

字はそれほどうまくなくても、字を大きめに書く(コレ重要)、丁寧に書く、楷書で書く、これらを守るだけでかなり見栄えが違います。

読む方も字がぐちゃぐちゃしていて読みにくいものは内容がよくても第一印象がよくありません。

マスにきちっと楷書で濃い字で丁寧に書いてあるだけで、評価はぐんとあがるのです。

薄くて小さな字でぐちゃぐちゃ書いてある読書感想文ほど高得点は望みにくいのです。

汚い字とはどんな字か

きれいな字で書くことにどんな得があるのか、内容さえちゃんと書いてあればそれでいいのではないか?という疑問をお持ちの方もいると思います。


ちょっと、考えてみて下さい。


テレビ番組では、いろんな人の字が映されることがあります。


床の間に飾っておきたいようなきれいな字、みみずがのたくったような字、極端に右肩あがりな字、尻すぼまりな字、等々いろんな字を書く方達がいますね。


そんなとき「この人は字が汚いから、だらしないんだろうなあ」とか「この人、馬鹿なことばかり言っているけれど、字がきれいだから、いがいと教養のあるしっかりした人なのかも」などと思いませんか。


有名人に限らず、字のきれい汚いでその人の印象というのは簡単にきまってしまうというところがあります。


こう考えると、たかが字、されど字です。


字がきれいな人はなんとなく信用がおけますし、字が汚い人はやはりちょっと信頼度が落ちる。それが人情です。


好んで汚い字を書きたい人がいるわけもなく、みなさんできればきれいな字を書きたいと思っていると思います。


では、きれいな字を書きたい、きれいな字で丁寧に書きましょうといいますが、逆に「じゃあ汚い文字ってどんな字?」という疑問があります。


汚い字とひとことに言っても、ちょっと曖昧ですね。


そこで、きれいな整っている字というのはどんなものかということを簡単にご説明します。


まず、きれいな字というのは、形が整って中心の線に沿ってバランスよく書けている字だと思ってくれればいいと思います。


逆に、そうでない字が汚い字ということになります。


具体的には、文字の形として、左右対称がずれているとか、偏とつくりの関係がかたよっているとか、偏とつくりの間が空きすぎていたりすると、汚い字だと思われてしまうのです。


ではきれいな字を書くコツにはつぎのような注意点があります。


第一に基本中の基本として、一番大事なのは書き順を守ることです。


書き順に基づいて漢字はなりたっているので、書き順がでたらめだと、形まで崩れてしまうことになります。


小学生の頃、灰色の薄い字をなぞるようにして字の練習をする「書き方」の授業があった方も多いと思いますが、これがきれいな字を書くための第一ステップだったのです。


第二に、漢字仮名まじりの文章では、アルファベットの大文字を大きめに書き、仮名やアルファベットの小文字、アラビア数字(普通の数字のことです)を若干小さめに書くというのもポイント。


こうするだけで、格段に文章がきれいに見えるのです。


どうしても字が汚い、なんとかして直したいという方は、硬筆練習帳をやってみるのもひとつの方法です。


分厚いものではなく、ほんの薄いものでもけっこうです。


一冊終えると、ものすごくきれいな字になるとはいいませんが、かなりましな字になります。


字は読書感想文だけではなく、一生付き合っていくものです。


小論文、履歴書、その他の書類等々、パソコンが普及した現在でも手書きでないといけないものはたくさんあります。


汚い字でお悩みの方は硬筆練習帳をお試しあれ。

接続詞「そして」の使い方

読書感想文で高得点を狙うなら、もちろん内容の優秀さも必要ですが、意外と見逃してしまうのが接続詞です。


接続詞というのは、文と文、または文章と文章をつなげる役割をする品詞で、「そして」「しかし」「また」「だが」「だから」などが代表例です。


この中で一番使い方が難しいのは「そして」だと思います。


作文が下手な人は「そして」という接続詞を頻繁に使います。


書いているときには気がつかなくても、「そして」という接続詞が多い文章(会話でもそうですが)は、「だからなんなんだ!!」とツッコミを入れたくなるくらい気に障るものなのです。


読書感想文を読む側としては、もちろん結論までにいたる過程も重視しますが、何十人分もの感想文を読む人間としては、それだけでイライラしているので(おそらく)、「そして」ばかりが連発されると、最後まで読む気が失せてしまうのです。


魅力的な読書感想文を書こうと思ったら、同じ接続詞を頻繁に使うのはやめましょう。


どうしても同じ接続詞の数が多くなりそうならば、類似の接続詞等を使うことをおすすめします。


「そして」ならば「そうしているうちに○○は××するはめになったわけだが……」などとごまかせば大丈夫です。


ごまかすためにはたくさんの接続詞や、その他の日本語の単語を知っていなければなりませんので、日頃から気をつけて文章を読むようにしてみてください。


別に新聞の社説やコラムや論説文を読めと言っているわけではありません。


国語の教科書で十分です。


退屈な国語の授業も、目的を持って文章を読むことによって、2倍にも3倍にも活用することができます。


それくらい、日本の国語の教科書は優秀に作られているのです。


あとは、普段から正しい日本語を使うように心がければ、読書感想文のほか、およそ作文といわれるものは全く恐れるに足らないものになるでしょう。

比喩を用いた表現

読書感想文に限らず、文章には多かれ少なかれ比喩表現が使われることが多いです。


比喩という修辞方法にはいくつか種類がありますが、主なものを下にあげてみましょう。


1 直喩(明喩)
 これは、一番使いやすいものかもしれません。日常会話でもよく使われる方法だと思います。

 あるものごとを表現するのに、それと比較するような他のことをもってきて直接的に表現します。書き方としては「AのようなB」とか「Aは Bのようだ」という具合に使います。

 (例)満員列車は全速力で走っていった。
   沿線の通過駅は石のように黙殺されたのだ。

 「石のように」というのが直喩表現が使われたところです。


2 暗喩
 例えるものと例えられるものの関係が密接なので、「〜のようだ」と いう言葉が使われません。

 (例)近松門左衛門は、日本のシェイクスピアといってもよい存在だ。

 1の直喩で使われた「〜のようだ」という表現とは違いますね。


3 擬人法(活喩とも言われます)
 無生物や動物、または抽象的なことがらを人に例えて表現します。

 (例)そよ風が吹くと、光たちは鬼ごっこを始め、
   葦の葉はささやき始めました。

 「光」という無生物は、実際に鬼ごっこをするはずがありませんが、それを「鬼ごっこをする」という表現にすることにより、文章に含みをもたせています。同じように「葦の葉」は植物ですから実際に「ささやく」ことはないわけですが、それを「ささやく」という人間的表現を使うことによって、かすかな音を立て始めた様子が表現されています。


 ちなみに余談ですが、作家の村上春樹氏は比喩表現の魔術師と言われています。

 ここ数年、村上春樹氏の文章が中学校入試などの現代文で使われることが多いのですが、これはひとえに比喩表現を読み取らせる題材として適しているからです。

 これは裏を返すと、村上氏の文章というのは比喩表現を読み取れないと内容把握ができないということでもあります。

太宰治について

太宰治は桜桃という短編を書いている。一見すると単純な話である。


有名な「お乳とお乳のあいだに、……涙の谷……」という有名な文章が出てくる作品である。


しかしながら太宰治という作家の小説は、かなり好き嫌いがはっきりしてしまうらしいので、大人でもこの作品を知らない人は結構いるのではないかと思う。


つまり、太宰治の小説というのは「リズムが合わないから絶対に読まない」という人と、「大好きで何度でも読み返してしまう」という人に分かれる傾向になりがちなのある。


その原因としては、太宰治がこんなに有名な作家であるにも関わらず、学校の教科書には走れメロスか、せいぜい津軽くらいしか掲載されることがないので、なじみがないということもあるかもしれない。


そして、なんといっても、太宰治に関しては、俗的なゴシップのようなことばかりが誇大化されてしまい、作品を読んでみようという気持ちが萎えてしまうということもあるような気がする。


確かに作家のバックグラウンドなどは、ある程度知識として持っていることが必要だし、知っていた方が作品を読みやすいかもしれないけれど、それに振り回されてしまっては本末転倒なのである。


そして、国語の時間に習ったから、走れメロスで読書感想文書こうとお思う人もいるかもしれない。


だが、ひとつ忠告しておきたいのは、教科書は抜粋された文章(つまり解説しやすい箇所とか有名な箇所)が掲載されていることが多く、それを読んだとしても作品の全体像はとらえられないのだ。


だから、教科書に掲載されている文章を題材に読書感想文を書こうと思ったら、きちんと書籍で全文を読まなければならない。


読書感想文を採点する教師は、有名な作品のあらすじくらいは知っているはずだから、生徒があらすじとか抜粋とかの文章で安易に書かれた読書感想文などは簡単に見破ってしまう。


そうなったら、最悪の場合「本を読んでない」という評価を下されて、点数もかなり低いものになっても文句がいえない。(もしくは「書き直し」を余儀なくされることもある)


読書感想文で高得点を取りたいならば、まずはきちんと本を読むことである。


これが一番大切なことであり、読書感想文を書く際の第一歩である。


いいなあと思った本を読んでもなかなか予想と違って読み込めないこともある。それでもよいのである。


また、どうしても内容を読み込めない、というときに簡易なあらすじにをいったん読んでみてから再び読み返すことには意義があると思う。


逆に、あらすじや抜粋文を読んでみてから、「これは面白そうだな」と思ってきちんと本を読むのは別に悪いことではない。


有名な作品のちょっとしたあらすじなどは、国語便覧に載っているので、そういったものを参考にするのもよいでしょう。


べつに太宰治が他の作家よりも優れていると言っているのではありません。


例として、一番挙げやすかったので太宰について書いただけです。


こういった作家は、ほかに志賀直哉、安部公房、坂口安吾、夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治などがあげられるかもしれません。あくまでも私の個人的な意見ですが。

小説とはなにか

小説とは、架空の人物を登場させながら事件を組み立て(ここでいう事件とは、いわゆるニュースで取り上げられる「事件」とは違う。出来事といったほうが分かりやすいかもしれない)、いろいろな人生の姿を描いているものである。


こういった作品のことをフィクション(虚構)という。ノンフィクション(事実を文章にしているもの)と対をなす物である。


小説は、人間の本当の姿追求しながら、人間の生き方を追求するという目的を持って書かれているので、小説を読むときには、「人間の本当の姿」「人間の生き方」というものを主眼に読むことが肝要である。


それらの解釈は多様であるから、どれが正しいとはいいにくいのはたしかである。


しかし、小説を読んで、自分がどう感じたか、どう思ったかということが一番大切なことであり、それを書くのが読書感想文である。


これらを鋭い視線で読み解き(そこにはもちろん幾多の逡巡や迷いが生じるだろうがそれも糧である)正確な日本語で読書感想文を書くことが一番大切であり、高得点をとる一番の近道である。


これらのポイントをふまえて、小説を読んで行った欲しい。


自分が重要だと思った部分をメモをしながらよんだり、重要だと思う部分にポストイット(付箋)などを貼りがなら読んでいくのも、あとで思考を整理しやすいので、もしよかったら試していただきたい。

戦争関係の小説を読む

読書感想文はどうしても夏休みの課題として出されることが多いので、少々いやらしい戦法も伝授致しましょう。


8月には日本には大切な日が3つあります。


6日の広島原爆記念日、9日の長崎原爆記念日、そして15日の終戦記念日です。


教職に就いていらっしゃるかたというのは、こういった記念日に弱いものです。


すなわち、戦争ものの小説などを読んで感想文を書くと自ずと高ポイントをねらえるわけです。


つまりこの仕組みというのは、書く生徒の側からも好都合なわけで、強がらず高ぶらずに高得点を得やすいですね。


というのは、8月にこれだけ大切な日があるということだけで、戦争関係の本を読む理由がみつかります。


およそ作文には動機というものが必要とされる場合があるのですが、これがまずクリアできます。


また、日本はこのようなお国柄ですので戦争文学も大変豊富です。


小学校高学年ならばガラスのうさぎ、低学年ならばかわいそうなぞうなどはいかがでしょうか。


実は、この2冊は子供よりもまず大人が読むべきものと思われるほど高度な内容を含んでいるのですが、それを子供版にしているところがすばらしいわけです。


そして、こういった本を読んだ感想の中に、戦争体験者の話などを入れるとますますGOODです。


おじいちゃんやおばあちゃん、またはひいおじいさま、ひいおばあさまなどの戦争体験を聞かせていただいて、その話を聞いたときの自分の感情と本の内容をフラッシュバックさせるわけです。


これは読む教師に効きますね(笑)


ポイントをおさえていますから。


戦争の話といっても、たいした話ではなくていいのです。


食べ物がなかった。いつもお米には麦や大根や雑穀が混じっていた。雑炊ばかりだった。かぼちゃとさつまいもがごはん代わりだった。甘いものなんて一つもなかった。服はいつもつくろって着ていた等々……当時の方々の「日常的」な話で十分なのです。


もちろん満州から命からがら引き揚げ船で帰ってきた……などという話でもいっこうにかまいません。


そういった話を少しでも聞くと、逆におもしろ半分に読書をしようとは思いませんし、感想文も自ずとまじめに書けるという副次的効果も望めます。


興味のある方はどうぞお試しください。

読書感想文の書き方

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