野火 (新潮文庫)

戦争文学といわれるものは数多あれど、この作品は我が国における戦争文学の金字塔でしょう。
多分、本作の名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。
戦争文学は戦争のことを書いているのですから、読んで爽快になるものでもありません。むしろ、陰鬱な思いに駆られることの方がずっと多いのです。
その点、その陰鬱さにかけてはこの作品は群を抜いています。
私もけっこう本を読んできましたが、これ以上悲惨で暗くて、陰鬱になる、モノを食べられなくなる……といった本は、あと1、2冊しか思いつきません。(それでも思いついちゃうあたりが、ん〜……なんとも言えないのですが)
なぜに、そこまでこの作品が陰鬱且つ暗いのかと申しますと、それは人肉食(カニバリズム)を扱った作品だからではないでしょうか。
世界には、他所では通じない禁忌(タブー)と、他所でも通じる禁忌とが存在します。
たとえば、「子供の頭をなでる」という行為は、日本ではなんでもない行為ですが、ある国では禁忌(してはならない行為)にあたります。
世界中の様々な禁忌の中でも、人類共通の認識であると言われているのが、「殺人の禁止」「近親婚の禁止(インセント・タブー)」「人肉食(カニバリズム)の禁止」等です。
こういった禁忌行為というのは、人間に嫌悪感を与えます。
その中でも極めつけが人肉食ではないでしょうか。
その人肉食を、「野火」では扱っているのです。
だから、ものすごく陰惨かつ暗い。最初に言っておくと、気の弱い人は読まない方がいいと思う。
極限状態の人間の姿というのがつぶさに描かれているので、それに気づいてから本を綴じても無駄というもの。脳裏に焼き付いてしまうからね。
だって、人は殺すし、体は切断されるし、銃声は聞こえるし、草は食べるし、ヒルさえ食べる。そしていたるところに日本兵の屍が転がっている……。こんな描写が次々と出てくるのですよ。私はこの作品を読んで約2年間さつまいもを食すことができなくなりました。見るのもいやで、ときには吐き気がするくらいでした。
だから、最初に言っておきます。
たしかに、戦争文学というのは夏休みの読書感想文を書くのに格好の題材ですし、この作品で読書感想文を書いて文句を言う教師はいないでしょう。そして、教養として読んでおくべき本かもしれない。しかし、ただ、「夏休みだから」「ためになるから」という軽い気持ちでは読まない方がいいと思う。それくらいウルトラヘビーな本です。(たしかに幾多の戦争記念日がある8月に読むには最適な本ではあると思うのだけれど)
究極の状態で人間はどう変貌するのか。
死ぬ間際の人間が「俺が死んだら食べてもいいよ」と言う。
飢えと怪我で死にそうになっているとき、旧知の人間が助けてくれる。そのとき「食べろ」と「私」の口に干し肉を押し込む。「私」はそれを食べて死をまぬがれる。
「なんの肉なのか」という問いに「猿の肉だ」と答える人間。
飢えに耐えきれなくて、惨めな殺人を繰り広げる人間たち。人肉で口の周りを血だらけにする人間……
ちなみに、人肉食が特別ことさら奇異なものなのかというと、実はそのような例は探せばいくつでもあることはあるのです。
飛行機が雪山に墜落し、人肉を食べて飢えを凌ぎながら助かった人もいますし、山崩れで洞窟に閉じ込められて、人肉を食べることで救助がくるまで飢えを凌いでいた人もいます。
ただ、戦争は殺人を正当化します。はたして人肉食も正当化される行為なのでしょうか。
極限におかれた人間は、その暗闇の中にいったい何を見るのでしょうか。
タイトルの「野火」というのは、通常野山に火をつけて焼くことを指しますが、戦争当時は「食料のあるところ」を意味しました。
実はこのタイトルがすべてを暗示しているのです。
